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舞鶴在宅介護者の会便り |
No. 42 |
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コ ス モ ス |
発行2009/12 |
◆会員の皆様へ
会長 由里 義雄さる11月13日、当会発足10周年記念大会を、舞鶴市並びに舞鶴市社会福祉協議会の後援を得て、予定通り盛大に開催する事ができ、大変嬉しく思っております。
後になりましたが、大会の準備はむろんのこと、後援者との打ち合わせ等々、大変お世話になりましたことについて感謝し、お礼を申しあげたいと思います。私は本会はこの10周年を機に今後更に充実を図り、舞鶴市の福祉に貢献していきたいと念願しております。そのためには先ず会員の倍増に努めること、そして地域での友愛訪問、交流会の積極的実施等、皆さんによろしくお願いしたいと思っております。
本年もあと僅かになりましたが、風邪等引かないよう留意され、年越しをされますようお祈りし、ご挨拶といたします。
◆ご挨拶
副会長 陣在 武男どこまで続く波乱多き世の中にはもう御免蒙りたいと思う毎日ですが、皆様にはお変わりなくお過ごしでしょうか。心秘かに案じております。
“穏やかな日々の常世を願いつつ
今日一日も無事に暮れたり”去る年を追って介護者の会が誕生して、苦節十年の歳月を積み盛大に記念大会を終える事が出来ました。これは偏に皆様のご協力ご支援の賜と、厚く厚くお礼申し上げます。
来年はその重みを噛みしめながら一日一日を大切に何事もプラス思考で熟視実行に移したいと思っております。今後とも、皆様の更なるご協力ご支援を伏してお願い申し上げる次第であります。
“十年の年月を積みたる介護者の記念大会よろこびに沸く”
次に私事で誠に恐縮ですが、平成21年度第23回中丹文化芸術祭に於いて、短歌部門応募数172首の中から秀作の一句に選ばれ、同月23日綾部市中央公民館において喜びの受賞に浴しました。一昨年の受賞に続き再度の受賞で、その喜びは一入、やれば出来るのだという気概を改めて心に刻み、その意欲を燃やしているところであります。
皆様におかれましても、日常生活の中で身近な何かを探求し、潤いのある健康で明るい日々をお過ごしください。後になりましたが、皆様のご健康とご多幸を切にお祈り申し上げます。 合掌
(昨年お届けしました暗病反・明元素を思い出して再読してください。)
”営内で別れ惜しみて六十年経つ戦友の便りも遠く消え行く”“八十路踏む吾が人生は赫あれど自分史綴る筆に問いつつ”
◆「肺炎球菌ワクチン」に注目!!
Y口 Y弘日本人の死因の第4位は肺炎です。その95%は65歳以上の高齢者です。肺炎を引き起こす病原体は、細菌やウイルスなどさまざまですが、なかでも「肺炎球菌」は、高齢者の肺炎の原因となる代表的な細菌です。
高齢者の肺炎予防には、「肺炎球菌ワクチン」の接種が有効です。肺炎球菌による感染症の約80%は、80種類ある肺炎球菌のうち、23種類によるものです。肺炎球菌ワクチンは、この23種類の肺炎球菌への免疫をつけることができます。
肺炎球菌ワクチンの接種は、肺炎の重度化を防ぎ、死亡率を低下させると報告されています。ところが、65歳以上の接種率は、米国の65%に対し、日本はわずか5%と普及されていません。
このワクチンは、1回接種すると5年以上免疫効果が持続します。これまで、日本では安全性を理由に「再接種は認められませんでした」が、2009年10月より、必要性が高く、前回の接種から十分な間隔がある場合には再接種が認められるようになりました。
◆発足10周年記念おめでとうございます。
T佐 A美当時を思い起こせば、色んな事がありました。それら一つ一つを懐かしく振り返っております。
何はともあれ、ここまで頑張ってこられた会長様に心より敬意を表したいと思います。
本当にありがとうございました。これからもお体に気をつけられ、会の為にご尽力下さいますよう、切にお願い申し上げます。
私も会員の一人として、この会が発展していくことを心より念じております。
◆会員紹介
*U野 F枝
舞鶴在宅介護者の会発会10周年おめでとうございます。入会させていただき2.3回集いに参加させてもらっただけなのに、役員の皆様には顔を覚えていただいていて、顔を見るなり「元気やったか」と温かく迎えてくださったことがまず嬉しく、入会してよかったと思っています。嬉しくて介護の疲れも吹っ飛びました。10周年記念行事として、松本繁世先生のお話、体験、実例を挙げてのお話し等、あっという間の講演時間でした。
でもあのように向き合って上手に優しく言葉が出てこない自分を振り返って反省しています。
日常会話が優しい言葉で接することが出来たら、悲しい介護者のニュースは減るのじゃないのかと思ったり・・・。
私事ですが介護日誌を書き始めてから(17年12月17日)17冊目ですが。一番初めを読んでみると、一生懸命介護をしているのに互いに通じ合うものがなくて、本当に悲しい毎日でした。
その頃に比べると今は本当に上手に介護が出来ていると自負しています。先の見えない暗いトンネル、時の流れで解決できることは多くあると思いますが、介護者が健康であることがまず一番!
健康で優しく介護できる大きい気持ちを持ち、合わすことに尽きます。
皆様お元気で又の集いを楽しみにしましょう。*第1班 O田 U子
今年の4月の入会させていただきました。私の母を介護して2年になります。
足が悪くて1日中ベッドでの生活です。トイレはオマルで、食事は自分で出来ます。私も仕事(商売)をしていますので、ヘルパーさんに週3回、デイサービスに週2回お世話になっております。今のところ。まだ生活しやすく助かっております。
この会に入会されていただき、皆さんの体験談やこの間(11月13日)の講演会での認知症のお話しもわかりやすくて参考になりました。
今後とも参加させていただきます。
*第6班 F崎 K一
初めまして、6班の福崎です。考えてみれば私が会員になったのは5周年記念のすぐ後でした。今年は10周年、5年経ちました。当時も現在も両親は東京で暮らしております。介護はまだしておりませんが、ふたりとも当時より確かに歳をとりました。10年位前に舞鶴で暮らすつもりで引っ越してきました。しかし、初めて両親が舞鶴に来た時、母は買い物帰りに道路で転び肩を骨折し、一ヶ月入院、一ヶ月のリハビリのため市民病院に通院しました経緯があります。父は私の家が急な坂の上にあり、運転免許証を返却したため行動制限されました。このため、両親が舞鶴に引越しをしてくる可能性が小さくなったと思われます。将来は東京で介護をすることになりそうです。
最近は後期高齢者保険制度や地上デジタル用テレビ交換、火災報知機設置、政権交代、振り込め詐欺など高齢者が生活するにはかなりの厳しい環境になってきております。介護についても同様です。
法改正で認定要領の見直し、介護事業所の単価アップ等で介護をする者にとっては大変負担が重くなってきました。
今は介護をするため東京に戻る時期を間違えないように、また、両親にとって少しでも良い介護が出来るように努力しなければと思っております。
今後ともよろしくお願いします。
◆十周年記念大会での講師、松本先生の「百人百老」を読んで
安岡 O本 A子人は誰にも終わりがある。その人生の締めくくり方をどうすればよいかと、いつも心の隅に引っかかっている私ですが、松本先生の百人百老を拝読して気づいたのですが、深く考えることなく、ありのままでいいのだと、自然体で自分らしく生きることが、それに繋がるという結論を得た思いです。一人ひとりの老人の人生を、まっすぐに気負いもなく、お世辞もない先生の文章に引き込まれました。
現在、昭和初期以前生まれの老齢の方々は、戦争体験及び終戦の混乱、そして貧困の時代を生き抜かれ、大家族の中で自分を殺して生きてこられました。だから、その人たちの言葉は重く、しっかり自分を持っておられます。
私たちの世代が八十台を迎えるときは、どんなになっているかとても不安です。
百人百老の中で、私が一番心の残ったのは、夜に救急車でやってきたNさんのことです。紺の絣のモンペに長靴、両手にゴム手袋、長袖シャツに帽子、首に手ぬぐい、腰にコルセットという、農村女性のユニホームで体中に?をつけて、畑で熱中症で倒れていたという。
娘さんたちの悲しみは解るけど、役者が舞台の上で大往生したいと望むように、Nさんにとっては大好きな大地の中で好きなことをしながら逝ってしまったのは、本望なのでは・・・。
他人が可愛そうにと思っても、本人にとっては幸せだったのではと思います。一人ひとり、誰にも負けない生き方を持っています。
自分なりに、自分らしく生きる事を、しっかり心がけて暮らすことだと改めて感じました。
ありがとうございました。
◆田舎暮らしを始めて
第2班 M利 Fじ子「田舎暮らしの本」との出会いで、初めて西舞鶴駅に降り立った時、まぶしいほど明るい駅舎の二階から見た空の高さ・青さ、山々の緑、適度に残っている古い街並みに、見知らぬ土地に来たというより、どこか懐かしさのようなものを感じた事を今も思い出します。念仏峠を下って、突然広がる田園風景、建部山に守られるように佇む下東の集落、そして私たちが今田舎暮らしを満喫させてもらっている以前は「新宅さん」と呼ばれたというここに住んだ人の込めた思いが今も残るこの家。
全てに一目惚れしてしまい、「この家にします」と即決で購入して、あこがれの田舎暮らしを始めて早三年が過ぎました。
九州から越してきて、最初に食べた秋刀魚の美味しさに歓声を上げ、冷凍物しか知らなかった少し虫食いのある無農薬の丹波の黒豆の枝豆の美味しさ。間引きした大根葉の大根飯。作り方まで添えて届けてくださったしその葉の、慣れない農作業の真似事の合間に飲むしそジュースの美味しさ。
ご近所さんから届けられる季節ごとの採りたて野菜と共に触れる人々の素朴な優しさ、暖かさ等々、数え上げたらきりが無い感激の連続でした。食事のたび習慣で言う「いただきます」も心の中で「あなたの命を頂いて、私たちは生かされていますよね。ありがとう。」と心を込めれるようになった自分に気づいた時、楽を、便利を求め続けて忘れかけていた自然を敬い八百万の神々をあがめ、日の出の太陽に手を合わせて、謙虚に生かされていることに感謝した。先人たちの残した日本人の心を思い出した気がして、少し大げさに聞こえるかもしれませんが、私の中では、古き良きものを残しつつ、田舎を大事に守り育ててくださっている日本人の、いや世界中の人々に感謝の気持ちです。
私たちも何時の日か何らかの形でそのお役に立てるようになりたいと心から願っています。
私たちにも出来そうな事があれば、どんどん声をかけてみてください。
《編集後記》
発会から10年になり、改めてコスモスを読み返してみました。
この間に亡くなられた方や、退会された方の顔や声が今も懐かしく思い出されます。
一緒にその時間を生きた思い出は、決して色褪せる事はありません。
皆さんも時間がある時に、会のホームページにコスモスのバックナンバーを載せていますのでご覧下さい。
社会福祉協議会等の運営に任さず、独自のあり方を模索してきた故に、川面を流れる落ち葉の様な小さく儚い存在でもありますが、介護をされている方が孤独を感じたり、困ったな、誰かに相談したいな、という思いが存在する限り、私たちは活動を続けていきたいと思います。
支え合いたいという純粋な思いだけで集まった仲間は、そうそう出会えるものではありません。
辛い事もみんなで話せば少しは楽にもなるし、嬉しい事も話せる相手があり、一緒に分かち合える事は本当に素敵な事ですね。
そんな奇跡の集まりがこの10年でした。
これからも地道にゆっくり歩みを続けていきましょう。来年がまた良いことの多い一年になりますように。
どうぞ身体に気をつけて、年末年始をお過ごしください。